大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成9年(ワ)28061号 判決

原告

松本和子

右訴訟代理人弁護士

桝田淳二

大貫裕仁

藤本欣伸

水谷和雄

杉原正芳

被告

松本聡子

右訴訟代理人弁護士

坪井節子

木下淳博

主文

一  本件請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求につき当裁判所は裁判管轄権を有する。

二  本件請求の趣旨2項及び3項の各請求をいずれも却下する。

三  本件請求の趣旨2項及び3項の各請求に係る訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  別紙目録一記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

2  別紙目録二記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

3  別紙目録三記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

4  別紙目録四記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

5  別紙目録五記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

6  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の答弁

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五年七月一八日に生まれ、現在、住所地において、子である松本龍弥(昭和二七年一〇月一六日生)(以下「龍弥」という。)及び龍弥と被告との間の子である松本有剛(昭和六〇年七月六日生)(以下「有剛」という。)と同居している。

被告は、昭和三五年一〇月一八日に生まれ、昭和五九年二月一六日に龍弥と婚姻し、その後有剛を出産した。

2  被告は、平成九年四月二五日ころ、アメリカ合衆国ニュージャージー州の裁判所(以下「州裁判所」という。)に対し、原告及び龍弥を被告として、訴えを提起した後、同年六月一二日ころ、右訴えを変更し、原告に対して、別紙目録一から五までにそれぞれ記載した事実に基づき、損害賠償、懲罰的損害賠償、弁護士費用及び訴訟費用等の支払を請求している。

しかし、被告の右主張に係る事実はいずれも存在せず、被告の請求には理由がない。

3  よって、原告は、被告との間で、別紙目録一から五までにそれぞれ記載された事実に基づく不法行為による損害賠償債務がいずれも存在しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

本件訴えは、次のとおり、管轄違いであり、不適法である。

1  被告は住所地に一三年間居住し、これを生活の本拠としているものであるところ、本件訴えの管轄は、民事訴訟法(平成八年法律第一〇九号)(以下「現行民訴法」という。)四条又は同法による改正前の民事訴訟法(以下「旧民訴法」という。)二条により、被告の普通裁判籍である住所地を管轄する州裁判所が管轄を有することは明らかである。

2  原告は、現行民訴法五条九号及び旧民訴法一五条一項により、不法行為に関する訴えは、不法行為があった地(以下「不法行為地」という。)を管轄する裁判所が管轄を有することとされていることを根拠として、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求については、不法行為地が日本にあり、日本の裁判所に国際裁判管轄があると主張するが、別紙目録一から五までに記載された行為は全てアメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)において行われたものである。すなわち、別紙目録一記載の事実については、被告は、有剛をアメリカにおいて養育、監護していたのであるから、被告が有剛の監護をすることができなくなったのは、アメリカにおいてであり、有剛は、平成九年三月一七日、被告の父の法事等のため、被告とともに、同月三〇日に帰国する予定で日本に行ったものであるところ、原告は、有剛を帰国させなかったのであって、監護ができないという違法状態は、アメリカにおいて継続しているのであるから、不法行為の実行行為地はアメリカである。また、別紙目録二記載の扶養についても、被告は振り込まれた金銭をアメリカにおいて引き出しているのであるから、その中止行為はアメリカにおいて行われたものというべきであり、不法行為の実行行為地はアメリカである。さらに、別紙目録五記載の不動産の売却行為もアメリカにおいて行われており、不法行為の実行行為地はアメリカである。

仮に、不法行為の実行行為地が日本にあるとしても、不法行為地には、不法行為の実行行為地のほか、損害の発生地も含まれると解すべきところ、本件においては、損害の発生地はアメリカであるから、現行民訴法五条九号又は旧民訴法一五条一項によっても、アメリカの裁判所にも管轄が認められる。このように、不法行為に関する訴えについて、不法行為地として、不法行為の実行行為地のほか、損害の発生地にも裁判籍が認められているのは、不法行為の被害者が、被害を受けた上に更に管轄についても不便を強いられる理由はないとの考え方に基づくものである。それにもかかわらず、原告の主張によれば、不法行為の加害者が、自ら加害行為を行った地を主張することによって、被害者に更に不便を強いることになり、これは、加害者の立場からの一方的な主張であるというほかはなく、右の立法趣旨や条理に反するものである。

3  本件の紛争は、既に州裁判所に係属しており、その内容は、別紙目録一から五までにそれぞれ記載された事実を含むものであり、州裁判所は、原告及び龍弥に対し、(一)平成九年四月二五日に、子を日本から母親の監護の下に戻すように命ずる仮処分命令を発令し、(二)同年五月二日に、審尋期日とされた同年六月六日に出頭するように命ずる命令及び逮捕状を発令し、(三)同年七月三日に、単独親権が被告に与えられると同時に、子を返すよう命ずる命令に従わないときは、一日当たり一〇〇〇ドルの罰金を課徴する旨の仮処分命令を発令している。その後、原告は、州裁判所に対し、右(二)及び(三)の裁判に対する免責を条件として、州裁判所の管轄権に服して出廷することを希望したが、州裁判所はこれを容れなかった。

このように、本件訴えは、州裁判所の管轄を免れ、仮処分命令に基づく逮捕と罰金の支払を免れる目的で提起された不法なものである。

また、本件においては、仮に全ての請求が不法行為に関するものであり、不法行為地の裁判籍に基づいて日本の裁判所が管轄を有することになるとしても、日本の国際裁判管轄の有無を判断するに当たっては、同じ訴えが既に州裁判所にも提起されていることから、国際的な二重起訴という法状態が許されるかという点も考慮する必要があり、本件訴えについて日本の裁判所が判断をするとした場合、先に出される可能性のある州裁判所の判断との間で食違いが生ずるおそれがあるから、国際礼譲の法理から見ても、日本の裁判所は本件の審理をすべきではない。

4  その他、本件は、州裁判所で係属している訴訟のいわば裏返しであり、日本法に基づき、被告の原告に対する債権の不存在確認の訴えを提起しても、観念が著しく異なっており、日本の裁判所においては判断が困難である。

また、本件に関する証拠は、ほとんどアメリカにあり、本件の紛争の目的である物件、証拠の存在、証人の確保等の点から見ても、日本の裁判所が判断をするには困難があり、裁判の適正、公平、迅速を欠くことになることが予想される。

さらに、原告が被告と比較していわゆる弱者ではないこと、原告はアメリカで被告から訴えが提起されることは十分予期していたはずであることを考慮すると、州裁判所で訴訟を進行させることが最も適切である。

一方、さらに、日本の裁判所で審理が行われる場合、被告は頻繁に来日することを余儀なくされ、極めて不便を強いられることになる。このようなことは、日本の民事訴訟法が定める管轄の規定の趣旨にも、国際法上のフォーラムノンコンビニエンスの法理にもそぐわない。

三  管轄についての原告の主張

1  日本の民事訴訟法には、国際裁判管轄を直接に定める規定は存在せず、その有無は、同法の理念に基づく条理に従って決定されるべきであり、同法が規定する裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、被告を日本の裁判権に服させるのが条理にかなうというべきである。

2  ところが、現行民訴法五条九号及び旧民訴法一五条一項では、不法行為に関する訴えについて、不法行為地の裁判籍が認められているところ、その立法趣旨は、不法行為に関する訴えは、その行為のあった地の裁判所で審判をすることが証拠調べに便宜であることになるから、後記5のとおり、日本における証拠の収集等に大きな困難を伴わない以上、右規定は、加害者が提起する不法行為による損害賠償債務万存在確認の訴えにも適用され、右規定によって管轄の有無が決せられるべきであるところ、本件においては、不法行為地が東京都であるものが、次のとおり存在する。

(一) まず、原告が、請求の趣旨1項において、それによる損害賠償請求権の不存在の確認を請求している、別紙目録一記載の事実に基づく不法行為については、被告の主張する、被告の監護権の侵害という事実自体が、不当なものであるが、有剛は、原告の住所地に居住する龍弥の監護の下で、中学生として生活をしている。これを被告の主張に沿って見れば、原告は、被告の有剛に対する監護権を日本の東京都において侵害していることになるのであるから、不法行為地である東京都を管轄する東京地方裁判所が管轄を有することは明らかである。

(二) また、原告が、請求の趣旨4項において、それによる損害賠償請求権の不存在の確認をしている、別紙目録四記載の事実に基づく不法行為についても、被告の夫である龍弥の母である原告に、成人であり一三歳の有剛という子を持つ被告に対する扶養義務があるとは考えられないが、被告の主張する原告の扶養の中止行為は、日本の東京都において行われたことになるのであるから、不法行為地である東京都を管轄する東京地方裁判所が管轄を有することは明らかである。

(三) さらに、原告が、請求の趣旨5項において、それに基づく損害賠償請求権の不存在の確認を請求している、別紙目録五記載の事実に基づく不法行為については、右事実の真偽は措くとしても、少なくとも同目録記載の不動産の売買があった当時、原告は日本の東京都において米国所在の代理人に右不動産の売却を指示していたのであり、被告が主張する原告の詐欺行為は、東京都で行われているのであるから、不法行為地である東京都を管轄する東京地方裁判所が管轄を有することは明らかである。

3  一方、原告が、請求の趣旨2項及び3項において、それによる損害賠償請求権の不存在の確認を請求している、別紙目録二及び三記載の各事実に基づく不法行為についても、被告が主張する右各不法行為の当時は、原告は日本の東京都にいたのであるから、不法行為地は東京都であることになるし、仮にそうではないとしても、現行民訴法七条又は旧民訴法二一条により、東京地方裁判所が管轄権を有するものというべきである。

4  各国が主権を有し、独立した裁判権を有している現代社会では、各国の裁判所が独立して裁判権を行使することができるのは当然である一方、現在、日本とアメリカとの間で国際的な訴訟競合を規律する法規は存在しないし、現行民訴法一四二条又は旧民訴法二三一条にいう「裁判所」には外国の裁判所は含まれない。被告が主張する国際礼譲の法理というものも、内容が不明確であって、結局、本件において、日本の裁判所が州裁判所とは別に判決をすることには何らの問題もない。むしろ、どのような法理によっても、日本国民の日本で裁判を受けることができるという憲法上の権利を奪うことはできないというべきである。

5  その他、被告は、本件訴えが不当であると主張するが、後記のとおり、被告が州裁判所に提起した訴えの方が不当なものであって、本件訴えが右訴えの裏返しとなることは当然であり、何ら不当ではない。

また、別紙目録一から五まで記載の各事実に基づく不法行為の有無は、必要な証拠等を提出すれば、日本の裁判所においても容易にその存否を判断することができる。原告は、別紙目録二記載の不動産の所有権に関する書面は既に入手しているほか、関係者の陳述についても容易に準備をすることができ、必要があれば日本における裁判で証人として出頭することの内諾も得ている。このような証拠を提出することにより、日本においても他の訴訟と同様に審理を進行させることができ、東京地方裁判所における本件の審理が、裁判の適正、公平、迅速を欠くおそれはない。

さらに、被告は、原告は被告と比較していわゆる弱者ではないと主張するが、アメリカに住んだこともなく、英語を理解することもできない原告が、州裁判所において訴訟を遂行する負担と、被告が、その母国であり、言葉の問題もなく、実家もあり、現在までしばしば戻ってきている日本において訴訟を遂行する負担とを比較すれば、原告が弱者であることは明らかである。また、被告は、原告がアメリカで被告から訴えが提起されることは十分予期していたはずであると主張するが、被告が、自分と夫である龍弥のアメリカにおける生活を援助し続けた原告に対して、突然、州裁判所に訴えを提起することなど、原告には全く予期することはできなかった。

その他、被告が主張するフォーラムノンコンビニエンスの法理というものは、その内容が不明確であるし、日本で裁判を行ったとしても、被告は、本件において、既に訴訟代理人を選任し、自ら出頭することなく訴訟を遂行しているのであるから、頻繁に来日することを余儀なくされることはないほか、被告は頻繁に日本に戻ってきているのであるから、日本で裁判を行うことが、被告にとって極めて不便であるともいえない。

そもそも、本件は、被告が、これまで原告から多大な援助を受けていたにもかかわらず、アメリカにおける生活を捨てきれず、夫や子を捨ててアメリカに行き、原告の資産を目当てに、突如としてアメリカにおける訴訟に原告を巻き込むという、常軌を逸した行動に端を発している。原告は、長い間、龍弥、被告及び有剛に対し、アメリカにおける生活の援助を続けてきたが、結局、龍弥がアメリカで生計を断念し、龍弥ら夫婦は、平成九年三月に、原告が経営する不動産会社の経営に参加することにした。それにもかかわらず、被告は、アメリカでの生活が忘れられずに、龍弥及び有剛に無断で、平成九年四月ころに龍弥らのもとを去り、その後間もなく、州裁判所に訴えを提起したのである。右訴えは、虚偽の事実を含むものである上、被告が、龍弥の他に、原告をもその相手方としたのは、原告の資力を当てにしてのものであり、原告は、このような不当な訴えの提起によって、極めて不合理かつ不安定な立場に立たされ、いわれのない物的、精神的負担を強いられた。そこで、原告は、このような不当な訴えに対抗するために、やむなく本件訴えを提起したのである。州裁判所における訴訟において、原告は、アメリカの代理人弁護士を通じて訴訟活動をしているが、日本においてもその機会が与えられるべきである。さらに、本件の当事者がいずれも日本人であること、被告は勝手に日本から出国したものであること、被告の実家は日本に存在し、被告は頻繁に日本に戻ってきていること、被告は訴訟代理人を選任していること、有剛が日本において生活していること等を考慮すれば、被告は、相当程度日本との関わり合いを有し、本件訴えに対する応訴の不便さを有利に主張し得る立場にはない。

したがって、本件においては、日本の裁判所に管轄が認められない特段の事情があるとはいえず、むしろ、日本の裁判所に管轄が認められることこそ、両当事者にとって公平であり、条理にかなうものであり、被告と龍弥との間のアメリカのニュージャージー州における紛争に巻き込まれた被害者である原告が、本件訴えについて、州裁判所における訴訟が係属していることを理由に、関係者全ての母国である日本の裁判所において訴訟を遂行することが許されないというのは、正義にかなうものではない。

理由

一  まず、本件の訴状が、アメリカのニュージャージー州セダーグローブドメニックコート九において被告に送達されたことは当裁判所に顕著であり、右事実に弁論の全趣旨を総合すれば、被告の住所は右場所であると認められる。

二 そこで、被告が我が国に住所を有しない場合における我が国の国際裁判管轄の有無について検討するに、右のような場合であっても、我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは否定し得ないところであるが、どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も十分ではないため、当事者間の公平や裁判の適正、迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして、我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、我が国の裁判権に服させるのが相当であるが、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正、迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。

なお、右にいう「我が国の民事訴訟法」とは、本件においては、本件訴えが提起されたのが平成九年であることは当裁判所に顕著であるから、現行民訴法の附則四条一項により、旧民訴法を意味するものというべきである。

三  以上の前提の下で、次に、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求について、我が国の国際裁判管轄の有無について検討する。

1  まず、右各請求について、原告が主張するように、旧民訴法一五条一項に基づく不法行為地の裁判籍が我が国内にあると認められるかどうかについて判断するに、損害賠償請求の訴えと審理の対象を同じくする損害賠償債務の不存在確認の訴えについても、同項にいう不法行為地については、その裁判籍を認めて、当該不法行為地を管轄する裁判所が管轄を有するものというべきである。

この点、旧民訴法一五条一項が不法行為地の裁判籍を認めているのは、不法行為の被害者が、被害を受けた上に更に管轄についても不便を強いられる理由はないとの考え方に基づくものであるのに対し、本件において、不法行為地の裁判籍が我が国にあることを理由に我が国の国際裁判管轄を認めることは、加害者が加害行為が行われた地を主張することによって、被害者に対し、更に応訴の上での不便を強いることを意味し、旧民訴法一五条の立法趣旨や条理に反することになると主張するところ、なるほど、同条の趣旨として、被害者が訴えを提起するに当たっての便宜に対する考慮が含まれていることは明らかであるし、一般に、債務不存在確認の訴えにおいては、いわゆる特別裁判籍を定める旧民訴法の規定をそのまま適用した場合には、債務不存在確認の訴えの被告にとっては、給付訴訟であれば原告として訴えを提起する際に有していたはずの裁判所の選択の余地が認められないことになり、この点において不利益があることは否定できない。しかしながら、旧民訴法一五条が不法行為地の裁判籍を認めている趣旨は、右のような被害者に対する便宜に対する考慮のほか、証拠収集の便宜を図り、適正、迅速な裁判の実現を図ることにあるというべきであるから、本件において、不法行為地が我が国にあると認められる場合に、それを裁判籍として我が国の国際裁判管轄を肯定することが、旧民訴法一五条の趣旨又は条理に反するものであるということはできない。

また、旧民訴法一五条にいう不法行為地には、不法行為の実行行為の一部が行われた地も含むというべきである。

2  そこで、本件について判断するに、まず、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求について検討する。

(一)  請求の趣旨1項の請求については、原告において、被告が主張していると主張する別紙目録一記載の事実に基づく不法行為は、被告もこれを主張することについて争うことを明らかにしないものであるところ、別紙目録一記載の事実によれば、被告が、原告において有剛を平成九年三月又は四月ころ以降原告の住所地に居住させてその支配下においたことを不法行為の一部として主張していることは明らかである一方で、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告の平成九年三月ころ以降の住所地は我が国の東京都杉並区であり、有剛も同所に住所を有することが認められるので、結局、我が国の東京都に不法行為地の裁判籍があることになる。この点、被告は、被告が監護をすることができなくなったのは、アメリカにおいてであり、不法行為地はアメリカであると主張するところ、なるほど、被告の住所地は、前記一のとおり、アメリカのニュージャージー州にあるのであるから、アメリカ又はニュージャージー州も不法行為地であると認める余地はあるものの、なお右判断を左右するものではない。

また、請求の趣旨4項の請求については、原告において、被告が主張していると主張する別紙目録四の事実に基づく不法行為は、被告もこれを主張することについて争うことを明らかにしないものであるところ、別紙目録二記載の事実によれば、被告が、原告において、龍弥とともに、平成九年三月又は四月ころ以降被告に対する経済的な扶養を中止したことを不法行為の一部として主張していることは明らかである一方で、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成九年三月ころ以降、我が国の東京都にいたことが認められるので、結局、我が国の東京都に不法行為地の裁判籍があることになる。この点、被告は、被告が振り込まれた金銭を引き出しているのはアメリカであるから、その中止行為はアメリカにおいて行われたものであると主張するところ、なるほど、被告の住所地は、前記一のとおり、アメリカのニュージャージー州にあるのであるから、右主張に係る事実は推認することができ、アメリカ又はニュージャージー州も不法行為地であると認める余地はあるものの、なお右判断を左右するものではないことは、請求の趣旨1項の請求についての判断と同様である。

さらに、請求の趣旨5項の請求については、原告において、被告が主張していると主張する別紙目録五の事実に基づく不法行為は、被告もこれを主張することについて争うことを明らかにしないものであるところ、別紙目録五記載の事実によれば、被告が、原告において、龍弥とともに、昭和六一年ころ、被告及び龍弥の共有名義であったアメリカのニュージャージー州所在の不動産につき、龍弥の単独名義とする必要があるとの虚偽の事実を延べ、被告を錯誤に陥れたことを不法行為の一部として主張していることは明らかである一方で、争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六一年ころは、その住所地である我が国の東京都にいて、右不動産の売却に関しては、東京都からアメリカの代理人に対して指示をしていたことが認められるので、結局、我が国内の東京都に不法行為地の裁判籍があることになる。この点、右不動産の売却はアメリカにおいて行われており、不法行為の実行行為地はアメリカであると主張するところ、なるほど、右不動産の所在地については争いがないから、アメリカ又はニュージャージー州も不法行為であると認める余地はあるものの、なお右判断を左右するものではないことは、請求の趣旨1項の請求についての判断と同様である。

したがって、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求については、いずれも我が国の東京都に不法行為地の裁判籍があるというほかはない。

(二)  そこで、更に進んで、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求について、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正、迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められるかどうかについて検討する。

(1) この点、弁論の全趣旨によれば、原告及び被告は、いずれも我が国の国民であると認められる上、右各請求が、いずれも被告の原告に対する不法行為に基づく損害賠償講求権の有無を訴訟物とするものであることを考慮すると、本件における我が国の国際裁判管轄の有無を判断するに当たって、我が国の裁判所が、右のような特段の事情があると解することには、相当慎重でなければならず、我が国において裁判を行うことが、被告の応訴を著しく困難にし、あるいは訴訟を著しく遅滞させるなどの事情が認められない限り、右のような特段の事情があると解すべきではなく、このことは、請求の趣旨1項及び4項の各請求のような、我が国の国民の間で、子の監護権や扶養といった、親族関係に関わる利益を被侵害利益とする請求について判断する場合には、特に妥当するというべきである。

しかるに、本件においては、被告は既に訴訟代理人を選任して訴訟を遂行していることは当裁判所に顕著であるし、その他、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求について、我が国で裁判を行うことが被告の応訴を著しく困難にすると認めるに足りる事情は認められず、また、我が国で裁判を行うことが著しく訴訟を遅滞させると認めるに足りる事情も認められない。この点、被告は、ファーラムノンコンビニエンスの法理に照らすと、本件においては、我が国の国際裁判管轄は肯定されるべきではないという趣旨の主張をするが、抽象的、一般的に右法理が適用される場合があるかどうかはともかく、本件においては、右法理を適用すべきであると解すべき事情は認められない。

(2) 一方、証拠等(争いのない事実、乙一、弁論の全趣旨)によれば、別紙目録一から五までに記載の事実に基づく原告の被告に対する不法行為による損害賠償請求の訴えが、州裁判所に現在も係属していること、右訴訟において、州裁判所は、原告及び龍弥に対し、ア平成九年四月二五日に、子どもを日本から母親の監護の下に戻すように命ずる仮処分命令を発令し、イ同年五月二日に、審尋期日とされた同年六月六日に出頭するよう命ずる命令及び逮捕状を発令し、ウ同年七月三日に、単独親権が被告に与えられると同時に、子を返すよう命ずる命令に従わないときは、一日当たり一〇〇〇ドルの罰金を課徴する旨の仮処分命令を発令したこと、その後、原告は、州裁判所に対し、右イ及びウの裁判に対する免責を条件として、州裁判所の管轄権に服して出廷することを希望したが、州裁判所はこれを容れなかったことがそれぞれ認められるところ、被告は、右のような事実を考慮すると、我が国の国際裁判管轄は肯定されるべきではないという趣旨の主張をする。

しかしながら、右のような事実が認められるとしても、本件訴えが旧民訴法二三一条によって不適法となるわけではないし、その他、前記(1)で判示した性質を有する本件において、我が国内に不法行為地があると認められるにもかかわらず、我が国が国際裁判管轄権を行使することを差し控えるべきであると解すべき根拠は見出しがたく、例えば、州裁判所における判断と我が国の裁判所における判断とが食い違う可能性や、州裁判所における裁判が我が国において承認される可能性の有無等の事情を考慮する必要性もないというべきである。なお、この点、被告は、国際礼譲の法理に照らすと、本件においては、我が国の国際裁判管轄は肯定されるべきではないという趣旨の主張をするが、抽象的、一般的に右法理が適用される場合があるかどうかはともかく、本件においては、右法理を適用すべきであると解すべき事情は認められない。

したがって、右のような事実があるからといって、前記特段の事情があるということはできない。

(3) その他、被告は、本件における準拠法を問題とするようでもあるが、準拠法が何であるかということは、本案の問題であるし、本件における我が国の国際裁判管轄の有無を判断するに当たって、右の点を考慮すべき根拠も見出しがたい。

3  次に、請求の趣旨2項及び3項の各請求について検討する。

(一)  まず、原告は、右各請求についても、我が国内に不法行為地があると主張するが、別紙目録二及び三記載の事実によれば、そのいずれについても、我が国内に不法行為地があるとまで認めることはできない。この点、別紙目録二及び三にそれぞれ記載された各不法行為が行われたとされる当時、原告は我が国の東京都にいたと認められることは前記2(一)のとおりであるが、右事実から、直ちに右各不法行為の実行行為が我が国で行われたということはできないし、原告は、この点を肯定するに足りる主張もしない。

したがって、請求の趣旨2項及び3項の各請求について、不法行為地の裁判籍が我が国内にあるということはできない。

(二)  また、原告は、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求について、我が国の国際裁判管轄が肯定される以上、旧民訴法二一条により、これらの請求と併合して訴えが提起された、請求の趣旨2項及び3項の各請求についても、我が国の国際裁判管轄が肯定されると主張する。しかし、我が国の裁判所間での管轄の分配の問題であれば、仮に一つの裁判所において併合請求の裁判籍による管轄を認めたとしても、それによって不都合が生じた場合には、訴訟の全部又は一部を適当な裁判所に移送することによって、個々の具体的な裁判の適切な進行を図ることができるのに対し、本件のように、国際裁判管轄が問題となる事件においては、右のような処理をすることができないことから、我が国の国際裁判管轄の有無を判断するに当たっては、証拠収集の難易や被告となる当事者が我が国において訴訟活動を行うことに伴う負担等といった事情を考慮し、我が国の国際裁判管轄を肯定することが、当事者の公平や裁判の適正、迅速を図を期するという理念に合致する場合であることを要するというべきである。そうすると、我が国の国際裁判管轄の有無を判断するに当たって、旧民訴法二一条の併合請求の裁判籍に基づいて我が国の国際裁判管轄を無制限に肯定するのは相当ではなく、少なくとも、我が国の国際裁判管轄が肯定される請求と関連性を有するものについて、これを肯定すべきである。

これを本件について見るに、請求の趣旨2項又は3項の各請求と、請求の趣旨1項、4項又は5項の各請求とは、別紙目録一から五までに記載された事実による限り、関連性を有していると解することはできず、原告においても、このような関連性について何ら主張立証をしない。

そうすると、請求の趣旨2項及び3項の各請求については、これらと併合して訴えが提起された、請求の趣旨1項、4項及び5項の請求について我が国の国際裁判管轄が肯定されることを理由に、我が国の国際裁判管轄を肯定することはできないといわなければならない。

(三)  その他、請求の趣旨2項及び3項の各請求について、我が国の国際裁判管轄を肯定すべき根拠はない。右各請求について、旧民訴法が定める裁判籍が我が国内にあると認められない上、乙一及び弁論の全趣旨によれば、原告は、現実に、州裁判所においても応訴のための訴訟活動を行っていることが認められることをも考慮すると、本件が前記2(一)のような性質を有するとしても、そのことから直ちに、右各請求について、我が国の国際裁判管轄を肯定することが条理にかなうとまで解することもできない。

(四)  なお、原告は、請求の趣旨2項及び3項の各請求を含め、原告の各請求について、我が国の国際裁別管轄を肯定しないことが、原告の憲法上の裁判を受ける権利を侵害するとも主張するが、もとより、憲法上保障されている裁判を受ける権利が、およそ権利関係の内容がどのようなものであるかを問うことなく、我が国において当該権利関係の存否についての裁判を受けることができるという権利までを保障したものであると解することはできず、原告の右主張は失当である。

三  以上説示したところによれば、請求の趣旨1項、4項及び5項の各請求については、その余の点について判断するまでもなく、我が国の国際裁判管轄を肯定すべきであるから、この点の被告の本案前の主張は失当であるし、右各請求についての裁判籍は、我が国の東京都にあるのであるから、当裁判所が管轄権を有することは明らかである。一方、請求の趣旨2項及び3項の各請求については、その余の点について判断するまでもなく、我が国の国際裁判管轄を肯定すべきではないから、その訴えは不適法であり、これを却下すべきである。

よって、主文一項のとおり中間判決するとともに、主文二項及び三項のとおり判決する。

(裁判官長野勝也)

別紙目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例